「きょう飲まない?缶チューハイで良いよね」
2018年3月、ある日の夕方18:00過ぎ。Maruから声が掛かる。まだ日が伸びておらず、この時間でもだいぶ暗い。
その日の仕事がMaruのヘアサロンに近かったため、待ち合わせはスムーズにできた。缶チューハイとビールを各自コンビニで買って集合。
「その辺で飲もうぜ。いっこ思いついたことがあって、提案」
どこにするともなく、ひとけの無い細い脇道を入っていく。奥まったところに見つけた駐車場に入る。
打ち合わせの頻度も増えていたし、居酒屋に入ると飲み過ぎる。なし崩し的に、気楽なノリでの青空会議が定番になりつつあった。3月ってまだ寒いけどね。
駐車場はわりと広く、周りが低層の住宅街のため空が開けて見えて、やけに開放感がある。表参道という土地柄か、管理も行き届いていた。
ジャリジャリと歩きながら周囲を見回すと、ブロック塀が囲いになっているあたりの地面の車止めに目が留まる。
2人して横並びに腰掛けた。尻は痛いが、高さはちょうど良い。Maruはお気に入りの宝焼酎の緑ハイ、私はその頃に流行っていた檸檬堂で乾杯。
「ボリュームアップエクステ、独自開発で作らない?完全オリジナルで。」
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その前月にMaruは、渋谷でフリーランス美容師をしていたコンノを開発チームに招き入れ、技術習得に向けいっしょにトレーニングを開始。
以後、Maruの面貸し席1~2面のスペースで、怒濤のようなエクステ研究の日々が始まった。
来る日も来る日も施術練習を繰り返し、毎日のように打ち合わせを重ねた。
エクステ施術の所要時間はどこまで短縮できるか?施術が早ければ早いほど、お客様の時間を取らずに済む。エクステに限らず、長時間の施術はお客様の肉体的負担も大きい。
施術時にお客様が感じる「引っ張られ感」を減らすためには?結び方を変えてはどうか?
どう着けたらどんな仕上がりになるのか?ビフォー&アフター画像・動画を何十本も撮って、頭に叩き込んでいく。
撮ったものはどんどんSNSにアップしていく。チームメンバー全員、SNSの扱いは不慣れ。時間と労力をかけて、ようやく1本をアップロードする。お世辞にも効率的とは言えなかった。
ボリュームアップエクステは、ただ「増やせばイイ」と思われがちだが、実際にはそうではない。
エクステに関わるお客様の悩みは、それこそカットやカラーなどの他のメニューと同様に、千差万別だった。
それが前髪周辺なのか、側頭部なのか、あるいは頭頂部なのか?頭の部位ごとに、種類のちがうお悩みがある。
基本的なことだが、そもそも髪の太さや量、髪の毛の生える向きや生えグセに至るまで、あらゆる点が個々人で異なる。
ノウハウ蓄積のためには、カットやカラーなどの他の技術と同様、マネキン(ウィッグ)の頭で練習を重ねるだけでなく、実際に人頭でトレーニングを積む必要があった。
それぞれのお客様の現状に応じて、エクステの色味や本数を調整していく。
一部のお客様にご協力いただいたり、モデルさんを探して実践練習をさせてもらいながら、技術に磨きをかけ、知識に厚みを持たせていく。
こうして施術を繰り返すうちに、エクステというメニューが秘めた大きなポテンシャルが、日ごとに浮き彫りになってくる。
そして、一つの大きな疑問にたどり着いた。
「なぜ多くのヘアサロンが、ボリュームアップエクステを導入していないのか?」
Maruとコンノが材料購入を決めた業者では、初期費用だけで約100万円と高額だった上に、継続購入が必要な材料もあまりに高い。何よりもまず、技術導入のハードルが高過ぎる。
使い始めて気になった部分は、他にも多くあった。
エクステの色味のバリエーションが、暗い明度のみに限られている。パッケージデザインも改善の余地がある。
「工夫すれば、この技術はもっと多くの美容室に受け入れられるんじゃないか?そうしたら、エクステ施術はお客様にとってずっと身近なものになるはず」
しかし、当時探した限りでは、「ちょうどイイ」と言えるボリュームアップエクステは市場に見当たらなかった。
「自分たちで作るしかない」
独自開発エクステの完成に向けて、メンバー全員、いっそう熱がこもっていった。
Maruは、株取引に詳しい男友達や、食品の原料メーカー勤務の古い友人など、周囲の信頼できる人々にもアドバイスを求めた。美容師目線ではない、異なる視点が欲しかった。
「いま流通してる他社さんのエクステと何が違うの?」
「工場を調べて、原価がいくらくらいなのかちゃんと調べないと」
「マーケットの情報を数字で把握しておかないとダメだよ」
美容をひたすら追求してきたMaruも、数字に対してまだ詰めの甘さがあった。厳しいフィードバックを多く受けた。ひとつひとつ課題をクリアしていくしかなかった。
非常にニッチな市場ではあったが、コンプレックス・お悩みを解消できることへのお客様ニーズは間違いなくある。その確信はあった。
ただ、エクステそのもの以上に、自分を変えなければならないことに大きな壁を感じていた。Maruは当時ボヤいていた。
「英語やトレーニングと同じくらい、エクステのこと調べて、文字や数字にして可視化していくことに決めたよ。SNSも嫌いで避けてきたけど、やるべきこととやりたいことは違う。やるべきことに手を付けていかなきゃならない。人ってやっぱ変わっていかないとダメなんだな」
超特急で開発を進め、数か月。2018年6月、ついに完全独自開発の大人女性向けボリュームアップエクステが完成。
髪一本に対し人工毛のエクステを「編み込んでいく」プロセスにちなんで「KNIT (ニット)」と名付けた。
カットやカラー、パーマをするのと同じ感覚で「ニット」をする。それくらいカジュアルでファッショナブルなものにしていこうと考えた。
ほぼ同じタイミングで、並行して準備を進めていたランディングページ(LP)が始動。「エクステができるヘアサロン」として認知を高めていくためのWebサイトだ。
エクステの施術トレーニングを積むかたわらで、ホームページ制作会社、プロカメラマン、モデルさんに入ってもらって撮影を行ない、高品質な画像・動画の作成を着々と進めてきた。
こうして、ボリュームアップエクステ技術を世の中に広めていくプロジェクト、「TUMUGU (ツムグ)」がスタート。
お客様にとっての幸せや明るい未来を「紡ぐ」場所でありたい、という想いを込めた。
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「ボリュームアップエクステはこれからの高齢社会、きっと受け入れられると思うのよね」
どこぞの巨大テック企業に言われる「ガレージから始まったビジネス」よろしく、「駐車場から始まったビジネス」なんて言える日が来たら。
そんな話を肴に、夜空を眺めて飲む缶チューハイは、よく進んだ。
しかし、言うは易し。
順調な滑り出しを迎えたかに見えたエクステ事業は、このあと深刻な苦境に見舞われる。
駐車場ミーティング — エクステ開発 ①
9月 4, 2023